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東京地方裁判所 平成元年(ワ)6423号 判決 1991年4月24日

原告

横田歌

右訴訟代理人弁護士

三宅秀明

被告

遠山都士男

右訴訟代理人弁護士

中久木邦宏

主文

一  被告は、原告に対し、原告から金二八一〇万円の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成三年一月五日から右明渡済みまで一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ平成元年一〇月一六日から右明渡済みまで一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃貸借は、昭和二〇年ころ原告の父と被告の父との間で始まり、その後貸主の地位は原告に、借主の地位は被告にそれぞれ承継され、昭和五三年三月二〇日に期間昭和五四年三月二〇日から三年間、賃料月額四万円として合意更新された(争いがない。)。その後期間を定めた更新契約はされていないから(弁論の全趣旨)、昭和五七年三月一九日の期間満了とともに右賃貸借は法定更新され、期限の定めのないものとなったと解される(以下この賃貸借を「本件賃貸借」という。)。

2  原告は、平成元年四月一五日被告到達の書面で、本件建物老朽化による改築の必要を理由に本件賃貸借解約の申入れをし(争いがない。)、その六か月後に契約が終了するとして同年五月一九日本訴を提起した。

二争点

原告の解約申入れについての正当事由の有無

第二争点に対する判断

一証拠によると、次の事実が認められる。

1  本件建物について

本件建物を含む一棟の建物は昭和三年ころ建てられた木造亜鉛メッキ鋼板葺建物で、途中増築され現況は三階建となっている。建築後六〇年以上を経過しており、自然倒壊の危険はないものの、経年相当の損耗が認められ、経済的耐用年数は既に経過している。また、現行建築基準法では、既存不適格建築物に該当する建物で、都市防災上好ましい建物とはいえない(<証拠>)。

原告は、この一棟の建物について、昭和五六年以降昭和六一年までの間数回にわたり一五〇万円近くの費用をかけて、基礎土台の修理や二階で歩行すると生じる横揺れを防止するための補修等の工事を行ったが、この横揺れを改善することができなかった。これを解消するためには相当程度大がかりな補修工事が必要であるが、工事施行上の安全性や建築基準法上の制約等の問題もあり、補修工事の実施は多額の費用と困難が伴う(<証拠>)。

2  原告側の事情

原告は、従前一棟の建物のうち被告に賃貸中の本件建物を除く部分を月額三〇万円の賃料で株式会社むさしや(以下「むさしや」という。)に賃貸していた。昭和六二年四月ころ同社が倒産したため、右建物部分を他に賃貸しようとしたが、賃借希望者から二階部分の横揺れの補修を求められ、業者に依頼したところ、前記のように工事施工上の安全性や法的規制上の問題等から工事を断られたので、賃貸を断念し、以後今日まで空室としている(<証拠>)。原告は、従前はむさしやから賃料収入があったため、本件建物の賃料は被告の支払能力を考慮して(被告からの賃料の支払は数か月ないし半年程度遅れることが多かった。)さほど増額せずにいた(昭和五四年に三万八〇〇〇円から四万円に増額し、昭和六〇年に四万五〇〇〇円に増額した。)。しかし、前記のような事情から、むさしや倒産後この一棟の建物からの収益が被告からの月額四万五〇〇〇円の賃料だけとなったため、老朽化が進み補修に困難を伴う本件建物を取壊し、跡地に六階建ビルを建築することを計画し、被告を相手方として立退きを求める調停を申し立てたが、これは不調に終わった。現在右計画時から年数が経過したため、当時の建築計画は再検討の必要があるが、本件訴訟の帰趨により明渡し請求が認められれば、賃貸用ビル新築を実現し、敷地の有効利用をしたいと考えている。原告の現在の収入は、年金と地代及び本件建物の賃料合計月額二五万円程度で、これにより生活している(<証拠>)。

3  被告側の事情

被告の父は畳職人で、昭和二〇年ころから本件建物を住居兼仕事場に使用してきた。被告も父と共に畳職の仕事をし、父の死後その跡を継ぎ、遠山畳店の商号で本件建物を営業場所としているが、現在は畳職に限らず、広く内装一般の仕事をしている。本件建物の近辺には呉服商など畳関係の古くからの顧客がいるため、その仕事をするのに本件建物の作業場を使用することがあるが、月に三、四回程度であり、それ以外は他の場所で内装関係の仕事をすることが多い。

被告は、約二〇年前ころ、本件建物で煙草販売業を営む許可を得、そのころから本件建物の道路に面した一画でたばこ屋を営んでおり、これによる利益が年間一五〇万円程度ある。

被告は昭和五六年ころ結婚して独立した所帯を構えたので、本件建物には母(大正三年生)と独身の弟(昭和二一年生)が居住しているが、ともに病身で定職をもたず、たばこ屋の仕事をしたり、被告の仕事の電話番をしている。

被告や母、弟らは本件建物に約四〇年居住してきたため、近隣に古くからの顧客知人が多く、被告は町内会等の役職にも就いており、仕事面のみならず、生活面からも移転を望まない心情が強い。

(<証拠>)

4  立退料の提供等

(一) 前記調停の際本件建物の借家権価格の鑑定が行われ、この鑑定ではいわゆる割合方式が採用され、昭和六三年九月二七日時点におけるそれとしては二六〇〇万円が相当であるとされた(<証拠>)。

また本件訴訟における鑑定では、平成二年五月一日の時点における本件建物の借家権価格は二八一〇万円が相当であるとされた。この価格は、いわゆる差額賃料還元法により求められた価格二六三三万円(差額の持続期間を一〇年とする。)、割合方式により求められた価格二八三二万円、補償方式(損失補償基準を準用)により求められた価格二九〇三万円(対象土地価格の二割と対象建物価格の四割及び標準家賃と現行家賃との差額二年分の合算額)とをそれぞれ二対五対三の比重で加味した結果である(鑑定結果)。

(二) 原告は、平成二年七月四日の本件口頭弁論期日において、正当事由の補強のため一八〇〇万円もしくはこれと格段の相違のない範囲で裁判所の相当と認める立退料の提供の意思を表明した。なお、本件訴訟における和解の席において、原告は、鑑定による前記借家権価格程度の立退料を提供する意思があることを示したが、被告は、立退料として五〇〇〇万円以上の金員の提供がなければ明渡しに応じられないとの意向を示した。

二右認定の事実によると、本件建物は被告の母及び弟にとっては永年の生活の本拠であるだけでなく、ここからの転居はたばこ小売業の継続を事実上不可能とし、かつ被告の畳店の業務にも少なからず支障を生じさせるものであるから、被告側の本件建物使用の必要性は高い。しかし、本件建物を含む一棟の建物は、既に建築後六〇年を経て経済的耐用年数を経過し、客観的に見て立替えの必要性があることも否定できず、本件建物敷地の収益性から考えて、本件賃貸借の継続を求めるのは原告にとって酷な結果となる。以上を勘案すると、原告の解約申入れは、被告に対し相当額の立退料を提供することにより、正当事由を具備するというべきである。

そして、右立退料の額としては、鑑定結果による本件建物の借家権価格二八一〇万円をもって相当と考える。

したがって、前記のとおり原告が立退料の提供を申し出た平成二年七月四日をもって解約申し入れの正当事由が具備したものというべく、本件賃貸借は右の時点から六か月を経過した平成三年一月四日をもって終了したと解すべきである。

三結論

よって、原告の請求は主文第一項掲記の限度において理由があるから認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して(なお仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さない。)主文のとおり判決する。

(裁判官三代川三千代)

別紙<省略>

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